不安な気持ちを残したまま

あのひとはもう気づくころよ
バスルームにルージュの伝言
浮気な恋をはやくあきらめないかぎり
家には帰らない

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ルージュの伝言をあらためて聴いて
なんて強くてかわいらしい子なんだろう
と思う。
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わたしは相手の浮気なんかに気づいてしまったら
怒りと悲しみで、なにも言わずに姿を消し
もう二度と会わないだろうと思う。
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仕事でNYCに住んでいたとき
Ronというボーイフレンドがいた。
ハンサムな長身の白人で、
わたしがいつも踊りにいくサルサクラブでも
よく目立つ存在だった。
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何度か顔を合わせ、踊ってもらううちに
帰りに車で家まで送ってあげるよ、と言われた。
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NYCは地下鉄が24時間動いていて
サルサクラブ最寄りの49th駅の周りも
賑やかなエリアだったから
いつも、なんとなくam2時くらいまで踊って、
疲れたら地下鉄で帰るという感じだった。
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「じゃ、わたし、帰るねー」とRonに声をかけたら、
自分もそろそろ帰ろうと思っていたから、
車で送るよ、という。
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海外で、男性と部屋や車内で2人きりになるということは
レイプされて、殺されて、内臓とられる覚悟で!
というのは、偏見に満ちてはいるけれども
バックパックで女ひとり旅するときの
忘れてはならない掟だ。
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それがちらっと脳裏を横切らないでもなかったのだけど
これまで何か月間か客観的に彼をクラブで見ていた感じ、
そしてわたしと接してきた感じを考えると
まあ危ない感じもしなかったし、
なにより、深夜のNYCドライブなんてエキサイティングじゃん、イェイ!
と思ってしまったんだよね。
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ということで、
Thanks!と素直に彼の誘いに乗って
車にも乗って、
結果的には無事に、わたしのアパートメントまで送ってもらった。
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道中、信号で車が停まったときに
「Miche, 僕が言うのもなんだけど、
NYCで男性の車に、そんなに気軽に乗ってはいけないよ」
とお叱りを受けたけど。
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そんな風に、何度か車で送ってもらううち、
一緒にクラブに踊りに行くようになり、
その前に一緒にご飯を食べるようになり、
そのうちにサルサだけでなく、映画を観に行ったりと
デートにも行くような関係になった。
彼のお家にもお邪魔して、
片言の英語とエルサルバドル訛りのスペイン語を話す
Ronのお母さんとも一緒にお料理したりと仲良くなった。
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ある日、Ronから電話。
「Miche,今夜は踊りに行く?」
「今夜は、入稿があるから難しいと思う。ごめんね」
「ううん、仕事頑張って。また会おうね」
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いつも難航する入稿がその日は奇跡的にスムーズに終わり
もしかして、Ronに逢えるかも!と期待に胸を膨らませながら
いつものクラブに踊りに行ってみたけれど、Ronには逢えず
でもたくさん踊れたからよしとしよう!と
帰りの駅に向かって歩いていると
向こうから歩いてくるのは
Ron!マイダーリン!
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駆け寄ってハグすると、
隣を歩いていた女性がさっと横に飛びのき
二人の間に、イヤフォンのコードがだらりと垂れ下がった。
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???
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二人の間で、交互にRonと女性の顔を見る。
40秒後にようやく状況を理解したわたしは
そのまま49th駅までダッシュした。
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今の時代なら、イヤフォンシェアしても
コードでつながれていないから
バレなかったかもしれない。
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49thから、わたしのアパートメントに向かう
N線に乗る。
下瞼に涙が溜まって、瞬きができない。
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すると次の駅で地下鉄のドアが開き、
その隙間からRonが飛び乗ってきた。
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びっくりして目を丸くしていると
「彼女はサルサパートナーで、
今夜はMicheが踊りに行けないっていうから、
練習につきあってもらうつもりだったんだ。
タクシーを捕まえて、彼女には帰ってもらったよ」
という。
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ははん、ふふん。へー。
若かったわたしは、
彼を信じ許すことができず
とりあえず今日はもう帰りたいと告げ、
その後も彼からの電話はすべて無視して
連絡を絶った。
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今ならどうかなと思うけれど
やっぱり、難しいような気がするなあ…
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それとも、Ronのママに
はちみつがたっぷり入ったカモミールティーを飲みながら
「¡Que tonto!(ほんとに愚かだよね!)」とか話して
叱ってもらうとかできるのだろうか…
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浮気されたことはありますか?許せますか?

(ノートや手帳の端で構いません
ひとこと書き留めておきましょう)

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ルージュの伝言
作詞:荒井由実
作曲:荒井由実
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『COBALT HOUR』 1975/6/20
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