
4月20日のNY原油先物市場において、
原油先物市場の歴史上、初めてマイナス価格となりました。
マイナス価格というのは、
売り手が買い手に対してお金を支払って
原油を引き取ってもらうという
通常では考えられない事態。
新型コロナウイルスの感染拡大により
移動規制が行われ、
輸送用エネルギー需要が大きく落ち込んだことにより
在庫が急増していることが背景にあるようです。
この異常事態を「逆オイルショック」と
名付けるメディアもあります。
そもそも「オイルショック」とななんでしょうか。
今回はオイルショックについて、まとめてみたいと思います。
Contents
第1次オイルショック(1973年)
1973年10月6日に第四次中東戦争が勃発したことをきっかけに、
中東の原油産油国が、原油価格を70%引き上げることを決定。
それにより原油価格が高騰し、
エネルギー源を中東の石油に依存していた先進工業国の経済を
脅かしました。
トイレットペーパー騒動
当時の田中角栄内閣は10月19日に「紙節約の呼びかけ」を発表し、
原油高騰により「紙がなくなるかもしれない」という集団心理が各地に飛び火、
トイレットペーパーを求める客の長い行列をメディアが取り上げ
さらなるパニックを引き起こすという連鎖が起きて、
トイレットペーパーの買い占め運動が起こりました。
騒動はトイレットペーパーに留まらず、
洗剤や砂糖などその他の日用品にも及んだそうです。
第1次オイルショックがもたらしたもの
原油価格の高騰により、国内では原油の消費を抑えるべく
省エネルギー化へ向けた取り組みが行われました。
例としては、デパートのエレベーター運転停止や
ネオンランプの早期消灯、
主要自動車メーカーのモータースポーツからの撤退、
ガソリンスタンドの日曜休業などが挙げられます。
またエネルギーのみならず、
食料などの資源を輸入に依存することに対する不信感から、
国内の自給率を上げる動きにつながったとの考えもあります。
第2次オイルショック(1979年)
1979年のイラン革命により、イランにおける石油生産。
原油の購入の大部分をイランに依存していた日本は需給が逼迫しました。
OPECによる原油価格の値上げも重なり、
原油価格は第1次オイルショックの時と同様に高騰。
しかしながら、第1次オイルショックの経験から、
日本経済に対する影響は第1次オイルショックの時ほど
酷いものにはならなりませんでした。
二度のオイルショックがもたらしたもの
オイルショックにより、先進国はその経済を
中東の石油にいかに依存してきたかということに気づきました。
それにより、原子力をはじめ、風力やソーラーなど
石油以外のエネルギーの研究開発を促進するきっかけとなりました。
アフターコロナを素晴らしい世界に
今回、新型コロナウイルスで人類は
これまで経験したことがないような事態に直面しました。
それでも歴史をひも解くと、
数々の「未曽有の」事態は起こってきたようです。
二度のオイルショックを経て学び、
現在の世界を築き上げてきたように
アフターコロナもよりよい世界になっていくことは間違いありません。